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南極の氷の下には、川のように方々へ分岐する水の流れがあると推測されている

ある氷床下湖の水位が下がると、隣の湖の水位が上がる。それに伴って上部の氷の高さも変動する。水が移動している手掛かりのひとつだ

陸地の場合、川や海から蒸発した水分を空気が別の場所へと運び雨を降らす。陸上での空気と南極での氷のはたらきはとても似ている

氷床が移動する際、氷床の底に水がくっつき、湖から湖へと水が移動する。氷床下湖は、閉鎖的ではなく開放的といえる

湖から湖へ氷が水を運搬する

 南極の氷床下湖は、驚くことに大小200以上あると推測されている。南極の分厚い氷の下は湖や池だらけなのだ。伊村智教授(前出)によれば、
「長い間、これらの湖や池は閉鎖的で、独立していると考えられてきました。しかしここ10年の研究で、どうもそれらはつながりあっていて、湖や池の水が絶えず移動しているというのが今では定説」なのだそうだ。  氷床下湖の水位を観測すると、ひとつの湖の水位が下がると、近隣の湖の水位が上昇する現象が見られることがある。この例では、氷床と岩盤の隙間を湖水が実際に流れていると推測されている。氷床の下には、湖だけで無く川もあるのだ。さらに、これまで想像もされていなかった水の移動があることが分かってきた。
「氷床下湖の上を覆う氷床は、ゆっくりと一方向に流れています。このとき、湖水が氷床の底にはりついて氷結し、氷河が流動すると共に運ばれ、次の湖に到達すると氷結した部分が融けることで水が移動していると見ています。イメージとしては、陸上での空気と風のはたらきを、まさに氷が行っているといえばいいでしょうか」
 陸上では空気に含まれる水蒸気が風によって移動し、その先で雨を降らせている。その空気が行っている水の循環システムを、氷が代行しているというのである。
「氷床下湖は上流から下流へ数珠つなぎになっていると考えるのが妥当です。ということは、ひとつの氷床下湖を汚してしまうと、他の湖にも影響が及んでしまうと考えられます。掘削の際に外部からバクテリアを混入させてしまうと、下流にある湖にも広がる可能性があります。それゆえ慎重な掘削を行わねばならないと思います」
 南極の分厚い氷の下では、淡水が絶えず動き回っている。そう考えると不思議である。南極の氷河や氷床には、きっとまだまだ知らない謎や秘密が隠されているに違いない。

昭和基地周辺の水深2m以上の湖沼底には、水生のコケが鮮やかな絨毯を広げている。冬季こそ池に氷が張るものの、夏になれば氷は融け、水面が露出する。
湖沼の底には「コケ坊主」(名付け親は前出の伊村教授)と呼ばれるコケの塔が林立し、大きいものでは高さ60cmにまで成長している。塔のように上に伸びているのは、水中にあるため乾燥して成長が止まることがないためであろう。この成長を支えているおもしろいしくみがある。
このコケ坊主は、小さな循環システムを内包している。
空中の窒素をアンモニアに固定するバクテリアが住みついており、別のバクテリアがアンモニアを硝酸に変換すると、コケがそれを吸収・利用し、その後バクテリアがこれを分解して再度硝酸に戻すという絶妙なサイクルを形成しているのだ。
こうしたコケ坊主は世界でも例がなく、南極でもごく一部の湖沼にのみ生息している。小さいながらも、奇跡の循環システムを持つ逞しい生態系なのだ。

参考資料・図版・写真提供:伊村智(国立極地研究所)

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