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ロシアが掘り進めたボストーク湖、同じくイギリスのエルスワース湖、アメリカのウィランズ湖の他に、現在では南極の氷床の下には大小200以上の湖(氷床下湖)があるとわかっている。

南極大陸では雪は融けることなく降り積もり、厚さ3000〜4000mもの巨大な氷床が、大陸の上にのっかっている。1970年、レーダー調査によって、氷床の下に湖が存在していることが初めて判明した。

地球上最大の氷床下湖は、ロシアのボストーク基地の下部にあるボストーク湖だ。サイズは琵琶湖の20倍以上。分厚い氷床に封鎖されて以来、1500万年以上地上と隔絶されてきた湖である。

氷床を掘るための掘削ドリル。3枚の板バネが掘削孔の壁面に突っ張って支える。リーフスプリング型アンチトルクと呼ばれるタイプのドリルだ(国立極地研究所 南極・北極科学館所蔵)

ボストーク湖の湖水が、南極氷床の下で凍り付いたものから見つかったバクテリア。この先、湖水そのものから未知の生物が発見される可能性が大いにありそうだ。

地球を食べて生きるバクテリア

 南極には無数の湖があることはご存じだろうか。それも、凍っていない湖である。一体どこにあるのか。なんと分厚い氷の下に広がっている。水質は完全な淡水。氷床の下にあるから、氷床下湖と呼ばれている。代表的な氷床下湖は南緯77度、東経105度地点にあるボストーク湖で、最大水深は約1000mもあり、大きさは琵琶湖の23倍にものぼる。水温はマイナス3℃。南極の気温は、時としてマイナス90℃近くになるが、分厚い氷の下は地熱の影響もあって暖かい。それにしてもマイナス3℃の淡水が凍らないのはなぜか。湖の上には厚さ約3000?4000mの分厚い氷がのっており、圧力が高いためである。水は凍ると体積が増えるが、圧力が高いと膨張できないため凍らないのである。
「南極の底に広がる湖は、世界の研究者を魅了する対象なのです。ボストーク湖の場合、1500万年もの間、外界と隔絶されている湖であるため、そこには外界とは別の進化をとげた生命体が存在しているのではないかと考えられ、1990年頃から掘削が始まりました。そして2012年2月6日(日本時間)、ついに人類が初めて南極の氷床下湖に到達しました」と国立極地研究所の伊村智教授は解説する。
 ボストーク湖まで通じたとはいえ、人間がボストーク湖へ降り立ったわけではない。ドリルで小さな穴をあけ、ボストーク湖の水をサンプルとして回収したのである。ところがこの掘削は成功とはいえなかった。ドリルなどに付着していたバクテリアを氷床下湖に持ち込んでしまい、精度の高いサンプルが得られなかった。
「イギリスやアメリカは、ロシアの失敗から学び、完全殺菌した熱水で氷を融かしながら掘り進むドリルを開発しました。イギリスはボストーク湖よりも小さくて浅いエルスワース湖を、アメリカは海岸近くのウィランズ湖を目指して掘削しました。その結果、2013年にアメリカが成功し、クリーンなサンプルを採取しました」
 アメリカが掘ったウィランズ湖までの氷厚は800mしかなく、掘削が容易だったせいもある。ボストーク湖に比べてスケールは非常に小さく、水深も2mしかない水溜りのようなものだったが、採取サンプルからは新種のバクテリアが見つかった。
「このバクテリアは光の届かない場所に生息しているため、鉱物を酸化還元しエネルギーを得ています。こうした化学合成細菌は地球を食べて生きているとされます。すでに類似したバクテリアは地球のあちこちから見つかっているので大発見とはいきませんでしたが、この先もっと深い氷床下湖から全く未知の生命体が見つかるかもしれません。ロシアも掘削を続けていますし、実をいうと日本も氷床下の水からバクテリアを検出しようとしているところです」南極で未知の生命体を発見!そんなセンセーショナルな一報が届くことを期待しよう。

伊村智

国立極地研究所 教授。理学博士。現在はおもに南極に生息する苔の研究を行っている。また氷床下湖調査においてアドバイザーも務めている。過去数回にわたり南極観測隊の隊員および総隊長を経験している。

図版・写真提供:国立極地研究所

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